STORY & SPACE / 02
古い時間を、今の街で。
1979年、父がこの路地に喫茶店を開きました。
2018年、娘がその建物をほとんど作り替えました。
変わらなかったものだけが、この店に残っています。
父から受け継いだもの 我が家と思える空間を。
父はよく「うちは食堂じゃない、居間だ」と言っていました。
珈琲が美味しいことより、注文を急がされないこと。
話しかけられないこと。読みかけの本を置いて帰っても、次に来たときにそのままあること。
四十年のあいだに、椅子は何度も張り替えられ、 カップは欠けては替わり、常連は入れ替わりました。 それでも「ここは自分の家みたいなものだ」と言う人が、いつの時代にもいました。 受け継いだのは店ではなく、その言葉のほうだと思っています。
- 1979 先代・清咲 徹が開業
- 1994 二階を住居から客席へ改装
- 2016 先代が体調を崩し、一時休業
- 2018 清咲 玲が二代目として全面改築
- 2026 夜喫茶の時間を24時まで延長
RE-EDIT 壊さずに、作り替える。
躯体と、床のタイルと、カウンターの天板だけを残しました。 残りは剥がして、組み直しています。天井を下げ、窓を大きく取り、 照明を卓ごとに分けました。
いちばん変えたのは、昼と夜で店の色が変わることです。 昼は窓の光だけで十分に明るく、夜は卓の上だけが明るい。 同じ椅子に座っても、時間によって別の店に見えるように配線からやり直しました。
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KEPT / 残した
床のモザイクタイル。父が一枚ずつ選んだもので、欠けた場所もそのままにしています。
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KEPT / 残した
カウンターの天板。手をつく場所だけ、四十年ぶんへこんでいます。
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NEW / 変えた
卓ごとの照明。夜は自分の席だけが明るくなります。
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NEW / 変えた
路地に向いた丸看板。父の店には看板がありませんでした。
二代目店主・38歳
誰でも、いつでも、我が家のように。
父がこの店を開いた頃から、大切にしてきたことがあります。
それは、お客様が我が家のように過ごせる場所をつくること。
一人で珈琲を飲みたい昼下がりも、誰かと話したい夜も、ただ少し休みたいときも。ここでは、それぞれの時間を、それぞれのまま過ごしていただけます。
店の姿は新しくなりましたが、受け継いだ想いは変わりません。
誰でも、いつでも、我が家のように。
灯りをつけて、お待ちしています。
清咲 玲
いつもの席。 26 SEATS / COUNTER 8
26席あります。カウンターが8席、あとはほとんど2名席です。 どの席が「自分の席」になるかは、だいたい三度目くらいで決まります。 決まってしまえば、こちらも覚えます。
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SEAT 07 — 09
窓際、雨の日の特等席
通りの灯りが雨で滲む夜だけ、ここが一番いい席になります。 濡れて入ってきた人には、先にタオルを出します。
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SEAT 18 — 19
カウンターのいちばん端
誰とも話したくない日のための場所です。 目が合わない角度に、わざと椅子の向きを変えてあります。
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SEAT 11
傷のついたテーブル
二十年前、当時の常連さんが鍵で付けた傷です。 天板を替える話は何度も出ましたが、その席が空くたび思い出すので、そのままにしました。
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SEAT 22 — 26
奥のボックス席
長い話をする人のための席。閉店まで居ても、こちらから声はかけません。
灯りが消えるまで、珈琲を。
豆は父の頃と同じ配合を基本に、焙煎だけ少し深くしました。
一杯ずつ落とすのではなく、まとめて落として、置いておきます。
その方が、二杯目を頼みやすいからです。
ブレンドコーヒー ¥580 / おかわり ¥280
店の記憶 残した記憶が、店になる。
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伝票は今も手書きです。会計が終わっても、その日のぶんは串に刺したまま閉店まで置いておきます。
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時計は開店時からのものです。二分だけ進んでいますが、直していません。 この店の時間は、いつも少し先を行っています。
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- 読みかけの雑誌
- 水滴のついたグラス
- くたびれたメニュー表
- 誰かの忘れ物の傘
- 父の字で書かれた値札
どれも捨てる理由がなかったものです。理由がないまま残ったものが、 いつのまにか、この店らしさになりました。